今日は土曜日で、取引はありません。 ああ、ちょっと話があるよ、みんな、今日もまた誰かが「**株は売るべきか**」って聞いてるのを見た。 正直に言うと、間違えるのが怖いからじゃない。むしろ、僕がそれをよく分かってるからだ。君がその言葉を口にした時点で、この相場を見ればほぼ確実にもう損切りしづらいところまで含み損を抱えていて、誰かに道を示してほしいと思ってるはずだ。僕も前はそうだった。 だから今日はチャートの話もしないし、「上昇の強い波が立ち上がるサイン」とかも話さない。座って一服しよう。僕が何年もかけて損を通して学んだ、いくつかの道理を君に話す。教育したいわけじゃない。これは僕自身の血のにじむ教訓だ。有用だと思えば聞いてくれ。つまらないと思ったらスワイプして通り過ぎればいい。 **市場を予測できないことを認める。対策のほうが予測より重要** 個人投資家が一番好きなゲームは何? 上がるか下がるかを当てることだ。毎日株のアプリを開いて、まずは各種のアナリストの予想を見る。明日は大きく上がるのか、それとも下がるのか? このリバウンドは何ポイントまで行くのか? そろそろ底値で拾うべきか? 自分に聞いてみて、毎日こういうことを考えちゃいないか? 残酷な事実を言うよ。誰も市場を継続して正確に予測することはできない。バークシャー・ハサウェイのバフェットも無理、ソロスも無理。すべてのノーベル経済学賞受賞者も無理だ。なんで君はできると思うんだ? 毎日掲示板に書いて個別銘柄の上げ下げを予測してる連中は、詐欺師か精神の病気だ。もし本当に正確に予測できる人がいるなら、彼はとっくに世界一の富豪になっていて、ここで君をまどろませてなんかいないだろ? 当時、僕は上げ下げを当てるのが大好きだった。簡単じゃないか、誰だってできるだろ? でも、ほとんど当たらなかった。 僕はその理屈を当時は信じてなかった。株を始めたばかりのころ、毎日やってたのは線を引くこと、ニュースを見ること、主力の資金の流れを調べること。夜は1時か2時まで復習して、「自分はめちゃくちゃすごい」って思って、明日この銘柄がどっちに動くか全部が頭の中にある気がしてた。 時には、すでに相場が弱気局面に入ったのが明らかになってるのに、重い資金を入れていた。僕は当時どう考えてた? 「調整してるだけだ。国が株式市場を崩すはずがない」って。ほら、散在する個人投資家の名台詞だ。 僕は何年もかけて、あることを理解した。予測が当たるかどうかは本当に根本じゃない。大事なのは、予測を外したときにどうするかだ。 いちばん簡単な例を挙げる。明日上がると思って買いに入る。すると明日は下がった。君はどうする? 強気で持ち続ける? 損切りする? ナンピンする? 大多数の人はそもそも予めのプランがない。彼らのプランはただ一つ。「もう少し待てば戻ってくる!」だ。 これは対策じゃない。自己慰安だ。 じゃあ今僕はどうやってる? 言うと「low」だと思うかもしれないけど、本当に効く。予測をやめたんだ。いや、徹底的にやめた。明日が上か下かを考えなくなった。だって僕には分からないし、誰にも分からない。僕が考えるのはただ一つ。上がったらどうする? 下がったらどうする? 例えば、僕が今ある1銘柄を買うとして、建てるときにはもう決めてある。上がったらどこまでで減らす、下がったらどこまでで負けを認めて出る。この2つのポイントを引いたら、あとは実行するだけ。 それで儲かることを保証できるの? できない。でも、損するときに損が少なくなり、利益が出たときに利益を持ち帰れるようにはなる。それが対策だ。上げ下げを当てるのとは比べものにならないほど有効だ。1万倍。 本当の取引システムは、予測に基づいて作るものではなく、確率と対策に基づいて作るものだ。次の1枚が何かは永遠に分からない。でも、自分の手札でどう打つかは分かる。個人投資家の不安は、いつも各局面の上げ下げを当てたいと思ってしまうことから生まれている。その執着を手放せば、ずっと楽になる。 **暴富(かつばく)の発想を拒否し、複利の発想を抱く** 「兄弟、この銘柄は儲かるの?」僕は昔、この手の質問が一番好きだった。なんとしても今日買って、明日ストップ高、明後日もストップ高、1か月で倍にして、年末には車を買い替える。そういう発想は僕にかなり悪影響を与えた。 僕は長い間短期でやっていて、運が良い時期もあった。2週間で50%稼げたこともある。あの時は舞い上がって、「自分は選ばれし者だ」と思って、倉庫のようにポジションを全投入して、さらにレバレッジまで掛けた。結果は? 値動きが冷えたときに全部吐き戻してしまっただけじゃなく、元本まで30%減っていた。 その後、復習する時間に取引記録を見直して分かった法則がある。大負けはすべて「一発で大金持ちになる」ことを狙ったときに起きていた。君もそう思わない? 君が高値追いするとき、頭の中では何を考えてる? 「今回は違う。この銘柄にはロジックがある。必ずブレイクできるはずだ」。 強気で耐えるとき、頭の中では何を考えてる? 「下がり続けるわけがない。主力は洗い場をやってるだけだ。もう少し持てば飛び上がる」。 レバレッジを掛けるとき、頭の中では何を考えてる? 「チャンスは滅多にない。賭けなきゃ自分に申し訳ない」。 これらの言葉は全部、自分に言い聞かせてきた。全部。じゃあ後でどう変わった? 話すとすごく恥ずかしい。僕は損を怖がるようになったからだ。ある程度損をしてしまうと、追い求めているのはもはや暴富ではなく、「これ以上損しないこと」になる。 その時から、僕は初めて「複利」が何かを本当に理解した。複利って聞くとつまらない話に聞こえる。「毎日1%稼いで、1年で12倍」とか。でも、実際に計算してみるとどう? 毎日1%ってどれくらいの概念だと思う? 250回の取引日連続で損をしない? そんなの無理だろ。 僕が理解している複利はそれじゃない。僕が理解している複利はこうだ。「今月は+5%、来月は-2%、その次の月もまた+3%。1年で見ると口座は期首より+15%」。 聞いてつまらないと思うかもしれない。でも考えたことある? 年率15%なら、5年で倍になる。元本50万なら、5年後は100万だ。3年負けたとしても、そのあとこのリターンが得られたなら、こっそり笑えるよね。 今の僕の要求はこうだ。「大きく上がることは求めない。ただ大きく損しないことだけ」。毎月プラスになればそれでいい。たとえ+1%でも嬉しい。なぜなら、-20%みたいな大きなドローダウンが起きさえしなければ、時間は僕の味方だから。 複利は、この世界の第8の不思議だ。問題は、大多数の人が複利の初期のゆっくりした成長を見下してしまうことだ。彼らが欲しいのは明日すぐ倍になること。暴富の幻想を捨てよう。株は宝くじじゃない。これは100メートル走じゃなくてマラソンだ。遅い=速い。 暴富の発想は、一夜での大儲けに目を向けさせる。複利の発想は、生きながら少しずつ金持ちになっていく道を示す。どっちを選ぶかは君次第。 **少ない回数の取引が、より良い取引** 僕には昔の癖があった。口座にお金がない状態でいることができない。現金ゼロ=ノーポジションだと、心の中では蟻が歩いてるみたいで、何かを買わずにはいられない。 今日は1銘柄売ったけど、お金がまだ口座に戻ってないのに、もうお気に入りリストを見始めた。「これ3日下がったし、そろそろ反発だろ?」「あれは良いニュースが出た、明日は寄り付きで高く始まるに違いない」。で、結局買ったら含み損。含み損になったら切って、切ったらまた買う。買ったらまた含み損。 聞いてびっくりするかもしれないデータがある。研究によると、個人投資家の取引頻度と収益率は反比例する。頻繁に取引するほど、損失がより深刻になる。逆に、1年に数回、あるいはもっと少ない人たちのほうが、むしろ稼いでいる。 なぜ? 取引のたびにコストを払うからだ。印紙税、手数料、スリッページ。こういう見えないコストが、ゆっくりと利益を食い潰していく。それに、頻繁に取引すると、小さな値動きのあらゆるチャンスを掴みたい気持ちが強くなる。でも市場の短期の値動きはランダムで、君はそもそも掴めない。 達人はどうしてる? 彼らの大半の時間は待っている。最高のチャンスが来るまで待つ。そして大きく入って攻める。あとはまた待つ。株は狩りみたいなものだ。本当の猟師は草むらに伏せて一日中動かない。あの最高の射撃タイミングのためだけに。個人投資家は無頭のウジ虫みたいに何か見えればすぐ撃ちた
株式投資8年で悟りきった真実!もし株式市場で損をしているなら、必ず最後までしっかり読んでください
今日は土曜日で、取引はありません。
ああ、ちょっと話があるよ、みんな、今日もまた誰かが「株は売るべきか」って聞いてるのを見た。
正直に言うと、間違えるのが怖いからじゃない。むしろ、僕がそれをよく分かってるからだ。君がその言葉を口にした時点で、この相場を見ればほぼ確実にもう損切りしづらいところまで含み損を抱えていて、誰かに道を示してほしいと思ってるはずだ。僕も前はそうだった。
だから今日はチャートの話もしないし、「上昇の強い波が立ち上がるサイン」とかも話さない。座って一服しよう。僕が何年もかけて損を通して学んだ、いくつかの道理を君に話す。教育したいわけじゃない。これは僕自身の血のにじむ教訓だ。有用だと思えば聞いてくれ。つまらないと思ったらスワイプして通り過ぎればいい。
市場を予測できないことを認める。対策のほうが予測より重要
個人投資家が一番好きなゲームは何? 上がるか下がるかを当てることだ。毎日株のアプリを開いて、まずは各種のアナリストの予想を見る。明日は大きく上がるのか、それとも下がるのか? このリバウンドは何ポイントまで行くのか? そろそろ底値で拾うべきか? 自分に聞いてみて、毎日こういうことを考えちゃいないか?
残酷な事実を言うよ。誰も市場を継続して正確に予測することはできない。バークシャー・ハサウェイのバフェットも無理、ソロスも無理。すべてのノーベル経済学賞受賞者も無理だ。なんで君はできると思うんだ? 毎日掲示板に書いて個別銘柄の上げ下げを予測してる連中は、詐欺師か精神の病気だ。もし本当に正確に予測できる人がいるなら、彼はとっくに世界一の富豪になっていて、ここで君をまどろませてなんかいないだろ?
当時、僕は上げ下げを当てるのが大好きだった。簡単じゃないか、誰だってできるだろ? でも、ほとんど当たらなかった。
僕はその理屈を当時は信じてなかった。株を始めたばかりのころ、毎日やってたのは線を引くこと、ニュースを見ること、主力の資金の流れを調べること。夜は1時か2時まで復習して、「自分はめちゃくちゃすごい」って思って、明日この銘柄がどっちに動くか全部が頭の中にある気がしてた。
時には、すでに相場が弱気局面に入ったのが明らかになってるのに、重い資金を入れていた。僕は当時どう考えてた? 「調整してるだけだ。国が株式市場を崩すはずがない」って。ほら、散在する個人投資家の名台詞だ。
僕は何年もかけて、あることを理解した。予測が当たるかどうかは本当に根本じゃない。大事なのは、予測を外したときにどうするかだ。
いちばん簡単な例を挙げる。明日上がると思って買いに入る。すると明日は下がった。君はどうする? 強気で持ち続ける? 損切りする? ナンピンする? 大多数の人はそもそも予めのプランがない。彼らのプランはただ一つ。「もう少し待てば戻ってくる!」だ。
これは対策じゃない。自己慰安だ。
じゃあ今僕はどうやってる? 言うと「low」だと思うかもしれないけど、本当に効く。予測をやめたんだ。いや、徹底的にやめた。明日が上か下かを考えなくなった。だって僕には分からないし、誰にも分からない。僕が考えるのはただ一つ。上がったらどうする? 下がったらどうする?
例えば、僕が今ある1銘柄を買うとして、建てるときにはもう決めてある。上がったらどこまでで減らす、下がったらどこまでで負けを認めて出る。この2つのポイントを引いたら、あとは実行するだけ。
それで儲かることを保証できるの? できない。でも、損するときに損が少なくなり、利益が出たときに利益を持ち帰れるようにはなる。それが対策だ。上げ下げを当てるのとは比べものにならないほど有効だ。1万倍。
本当の取引システムは、予測に基づいて作るものではなく、確率と対策に基づいて作るものだ。次の1枚が何かは永遠に分からない。でも、自分の手札でどう打つかは分かる。個人投資家の不安は、いつも各局面の上げ下げを当てたいと思ってしまうことから生まれている。その執着を手放せば、ずっと楽になる。
暴富(かつばく)の発想を拒否し、複利の発想を抱く
「兄弟、この銘柄は儲かるの?」僕は昔、この手の質問が一番好きだった。なんとしても今日買って、明日ストップ高、明後日もストップ高、1か月で倍にして、年末には車を買い替える。そういう発想は僕にかなり悪影響を与えた。
僕は長い間短期でやっていて、運が良い時期もあった。2週間で50%稼げたこともある。あの時は舞い上がって、「自分は選ばれし者だ」と思って、倉庫のようにポジションを全投入して、さらにレバレッジまで掛けた。結果は? 値動きが冷えたときに全部吐き戻してしまっただけじゃなく、元本まで30%減っていた。
その後、復習する時間に取引記録を見直して分かった法則がある。大負けはすべて「一発で大金持ちになる」ことを狙ったときに起きていた。君もそう思わない?
君が高値追いするとき、頭の中では何を考えてる? 「今回は違う。この銘柄にはロジックがある。必ずブレイクできるはずだ」。
強気で耐えるとき、頭の中では何を考えてる? 「下がり続けるわけがない。主力は洗い場をやってるだけだ。もう少し持てば飛び上がる」。
レバレッジを掛けるとき、頭の中では何を考えてる? 「チャンスは滅多にない。賭けなきゃ自分に申し訳ない」。
これらの言葉は全部、自分に言い聞かせてきた。全部。じゃあ後でどう変わった? 話すとすごく恥ずかしい。僕は損を怖がるようになったからだ。ある程度損をしてしまうと、追い求めているのはもはや暴富ではなく、「これ以上損しないこと」になる。
その時から、僕は初めて「複利」が何かを本当に理解した。複利って聞くとつまらない話に聞こえる。「毎日1%稼いで、1年で12倍」とか。でも、実際に計算してみるとどう? 毎日1%ってどれくらいの概念だと思う? 250回の取引日連続で損をしない? そんなの無理だろ。
僕が理解している複利はそれじゃない。僕が理解している複利はこうだ。「今月は+5%、来月は-2%、その次の月もまた+3%。1年で見ると口座は期首より+15%」。
聞いてつまらないと思うかもしれない。でも考えたことある? 年率15%なら、5年で倍になる。元本50万なら、5年後は100万だ。3年負けたとしても、そのあとこのリターンが得られたなら、こっそり笑えるよね。
今の僕の要求はこうだ。「大きく上がることは求めない。ただ大きく損しないことだけ」。毎月プラスになればそれでいい。たとえ+1%でも嬉しい。なぜなら、-20%みたいな大きなドローダウンが起きさえしなければ、時間は僕の味方だから。
複利は、この世界の第8の不思議だ。問題は、大多数の人が複利の初期のゆっくりした成長を見下してしまうことだ。彼らが欲しいのは明日すぐ倍になること。暴富の幻想を捨てよう。株は宝くじじゃない。これは100メートル走じゃなくてマラソンだ。遅い=速い。
暴富の発想は、一夜での大儲けに目を向けさせる。複利の発想は、生きながら少しずつ金持ちになっていく道を示す。どっちを選ぶかは君次第。
少ない回数の取引が、より良い取引
僕には昔の癖があった。口座にお金がない状態でいることができない。現金ゼロ=ノーポジションだと、心の中では蟻が歩いてるみたいで、何かを買わずにはいられない。
今日は1銘柄売ったけど、お金がまだ口座に戻ってないのに、もうお気に入りリストを見始めた。「これ3日下がったし、そろそろ反発だろ?」「あれは良いニュースが出た、明日は寄り付きで高く始まるに違いない」。で、結局買ったら含み損。含み損になったら切って、切ったらまた買う。買ったらまた含み損。
聞いてびっくりするかもしれないデータがある。研究によると、個人投資家の取引頻度と収益率は反比例する。頻繁に取引するほど、損失がより深刻になる。逆に、1年に数回、あるいはもっと少ない人たちのほうが、むしろ稼いでいる。
なぜ? 取引のたびにコストを払うからだ。印紙税、手数料、スリッページ。こういう見えないコストが、ゆっくりと利益を食い潰していく。それに、頻繁に取引すると、小さな値動きのあらゆるチャンスを掴みたい気持ちが強くなる。でも市場の短期の値動きはランダムで、君はそもそも掴めない。
達人はどうしてる? 彼らの大半の時間は待っている。最高のチャンスが来るまで待つ。そして大きく入って攻める。あとはまた待つ。株は狩りみたいなものだ。本当の猟師は草むらに伏せて一日中動かない。あの最高の射撃タイミングのためだけに。個人投資家は無頭のウジ虫みたいに何か見えればすぐ撃ちた