私は自分がこれほど抽象的に考えられるのは、仮想通貨界の感情の揺れが大きいことと深く関係していると思う。本当に痛みを極めて味わったからこそ、深みのある内容をアウトプットできるのだ。どれほど痛い悟りだろうか…だからもう、誰かをここに誘おうとは思わない。これから自分がどうなるのかも、わからない…。



数日前、仮想通貨界に入ったばかりの初心者と話したときのことだ。昔は、ミームコインを買ったら寝てしまえばいいだけで、翌朝目覚めたら10倍、あるいはそれ以上になっていることもあった。そもそもPvP(プレイヤー対プレイヤー)の概念なんてなかった。銘柄を選び、耐えてホールドし続けるだけだった…彼女は私が騙していると思ったが、それは確かに実際にあったことだ。

とても無念だ。いや、違う、むしろギクシャクした感覚だ…でも今の自分の気持ちをどう表現すればいいのかわからない。

時々思うことがある。命にあるものはいつか必ず訪れるし、命にないものを無理に求める必要はない。仮想通貨の暗黒の密林の中では、ちょっと気を抜けば、すぐに他人の獲物になってしまう。

「とにかく、いつも想像していることがある。大きな麦畑の端に立っていて、子どもたちが麦畑で遊んでいるのを見守っているんだ。何千何万もの子どもたちがいて、周りには誰もいない——大人は一人もいない。つまり、僕と子どもたちだけだ。子どもたちが崖に向かって走ってくるのを見つけたら、僕が捕まえる。子どもたちはどこに向かって走っているのかもわからず、ただひたすら走ってくるだけだ。僕はどこからともなく飛び出して、彼らを捕まえなきゃならない。ずっとそんなことをしている。

僕が本当にやりたいのは、麦畑の見張り番になることだけだ。変な考えだとわかっているけど、それが本当にやりたいことなんだ。馬鹿げているのもわかっている。」

これはサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の最後の一節だ。仮想通貨界にもこういう見張り番が必要だと思う。誰がそれをすべきか?もちろん、損失を被って業界を去ったけれど、それでもこの業界に対して感情を持ち続けている人だ…同志よ、共に励まし合おう。
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